2018年09月28日

僕の考えてるこ

「長男なんだってよ、カミラちゃん」


 父親はでれっとした声でそう報告した。僕は表情を変えずに腹の内で舌打ちした。


「そ、そうなんですね。し、知らなかったです」
 篠崎カミラは首を曲げて僕を見た。正面からだとさらに美人にみえた。頬がもうすこしふっくらしてればもっといい。僕たちは何秒間か見つめあっていた。

「う、うんっ!」


 わざとらしい咳払いが聞こえてきた。僕は額を手で覆いながら無音の舌打ちを五回ほど繰り返した。そうこうしてるうちにベンツは高い塀に囲まれた家に入っていった。いや排毒瘦身、お屋敷といった方がいいかもしれない。一部しかわからなかったけれど、二百坪はあるようだった。横に長い洋館にはフランス窓があって、その前は色とりどりの花が咲く広い庭になっていた。僕はしばらく周囲を見渡した。圧倒的だ。固定資産税だけでも気の遠くなる額を払ってるに違いない。

 三メートルはあるかと思える木製の玄関扉の前に母親は立っていた。前に見たのと変わらぬ黒いぞろっとした服装で、やはり長いネックレスをじゃらじゃらとぶら下げていた。

「ようこそ、いらっしゃいました」


 母親は口角をあげ、笑顔に似たような表情をつくった。ただ、それ以外の部分は固まってしまったみたいに動かなかった。目は刺し貫くように僕を見ていた。僕は頭を下げ、「お世話になります」と言った。

 通されたのは応接室とでもいうようなところだった。窓からは白くて大きなユリが咲いているのが見えた。古くはあるけれど清潔そうなグリーンの布張りソファと同じ色のひとり掛けソファが二脚あった類固醇濕疹。床には厚めの絨毯が敷いてあり、背の低いテーブルが置いてあった。窓は開かれ自然の風が通っていた。

 篠崎カミラは銀の盆にコーヒーとケーキをのせてあらわれた。それをテーブルに置くと彼女は長いソファに母親と並んで座った。僕はそれまでの時間を落ち着かなく過ごした。母親に見られているのはわかっていたけれど、部屋の端にある観葉植物を眺める振りをしていた。右の方からも視線を感じていたので(父親からのものだ)、そっちも向きたくなかったのだ。

「普段はここは使わないの」


 威圧的な声を母親は出した。目は僕全体に這っていたけれど、それでも見られているという感じを強くはあたえなかった(父親の視線の方が気になるくらいだった)。きっと僕を見ているのではないのだろう。周囲にいるものを見ているのだ。


「あなただけ特別ってわけ。その理由はカミラから聴いてるんでしょう?」
「ええ、聴いてはいます」
 僕は迷った末にそのようにこたえた。


「でも、今日はそのことで来たつもりじゃないんです」
「では、なんのために来たの?」
「僕は理解したいんです。そのために来ました」


 母親は顔全体を歪めるようにした。そうすると細かな皺が中央部分から放射状にあらわれた。


「いいこたえね。そうあって然るべきだわ。――では、私があなたに理解をあたえましょう。いま、あなたの前には幾つかの道がある。ただし、あなたの目はきちんとそれを認識していない灣仔通渠。いずれかを選ばなくてはならないことはわかってるわね? だけど、何叉路に立たされているかもわかっていないの」

「それを教えて下さるってわけですか?」
 僕がそう訊くと、母親は真顔になった。それから、ゆっくりと首を振った。ネックレスがじゃらじゃらと揺れた。


「違うわ。私にできるのはあなたがどういう状況にいるかを教えてあげることだけ。選ぶのは、もちろんあなたよ。ま、カミラのことがあるから私にも希望はあるわ。あなたを導きたいと思ってるってことよ。でもね、押しつけられても納得できないでしょ? あなたにはそういう部分がある。状況に流されやすいところもあるけど、きちんとした芯を持ってる人のようだわ。理解しないと前へ進めないといった方がいいかしら?」

 母親は言い終えるとうなずくようにした。僕は背筋を伸ばした。その目を見つめながらこう訊いてみた。


「いまのは僕からなにかを読みとったってことですか? 僕の考えてることがわかるんですか?」


「そうじゃないわ。まだ私はなにもしていない。――そうね、これも普段は言わないことだけど特別に教えてあげる。こうやって私みたいな人間の前に座るとたいていの人は緊張するものよ。いろんな表情を浮かべるし、様々な動作をするの。自分では気づけていないだけでね。それを観察してるのよ。それだけでもわかることはたくさんあるわ」

 目を細めさせ、母親は手を膝の上で組みあわせた。口許だけがぐっと歪んだ。



Posted by mikii123  at 15:12 │Comments(0)

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