2018年09月07日

篠崎カミラはつ

料理を口に運びながら僕は彼女の唇をじっと見ていた。気づいたらそうしていたのだ。オイルに濡れた唇と、舌の先が平たく出てきてはそこをゆっくり舐める様をだ。篠崎カミラはつぎの料理も取り分けてくれた。うつむきかげんになり、フォークを丁寧に扱っていた。僕は非常に柔らかそうな彼女の胸を見つめた。それから、首を激しく振った。

「ど、ど、どうか、さ、されましたか?」
「いや、なんでもない。――僕はもう一杯飲むことにするよ。それに、なにか他にも頼んだ方がいいだろう」
 僕はメニューをひらき、追加のものを頼んだ。二杯目のビ無針埋線ールがくるとそれをぐいっと飲み、額を手で覆った。しっかりするんだ。どうしてこんな女をそういう目で見なきゃならない。それこそ呪われてるとしか思えないじゃないか。僕は軽く咳払いをして喉を調節させた。
「それで? それでどうなったんだ?」

「は、はい。そ、それから、わ、私は、あ、あまりしゃべらない子に、な、なりました。お、お友達も、で、できずに、ひ、ひ、一人でいるように、な、なったんです。も、もし、は、母が、た、助けてくれなかったら、わ、私は、が、学校にも、い、行かなかったかも、し、しれません。だ、だけど、わ、私が、と、と、登校したがらないのをみて、は、母が、い、言ってくれたんです。よ、よくわかるとです。あ、あなたの気持ちは、よ、よくわかると、い、言ってくれました。は、母も、わ、私と同じで、い、い、いえ、わ、私なんかとは、くMD Senses 試做、比べようも、な、ないくらい、い、い、いろんなものが、み、み、見える人なんです。ち、ち、小さい頃から、そ、そうだったようで、わ、私と、お、同じような、け、経験も、し、してたみたいなんです」
 この辺りから僕は彼女の身体をそういう目で見ることがなくなった。話が理解できなくなってきたからだ。

「ちょっと待ってくれ」
 僕は片手を挙げた。
「さっきから言ってる『はは』ってのはお母さんのことか? いや、まあ、そうなんだろうけど」
「は、はい。そ、そ、そうです。は、母は、わ、私にも、と、と、特別な力があるのだと、い、言ってくれました。そ、そ、それは、だ、誰もが持ってるものでは、な、ないのだと。そ、それを、り、り、理解してくれる、ひ、人は少ないけれど、は、は、恥ずかしがったり、か、隠したりする、ひ、必要はないのだとも、い、言ってくれました。い、い、いずれは、わ、私も、そ、そ、その力で、ひ、人を助けることに、な、なるだろう、そ、そ、それまでは、な、何事も、しゅ、修行だと、お、思いなさい。わ、私も――と、こ、こ、これは母のことですが――わ、私も、こ、子供の頃は、そ、そ、そうだったのだからと、い、い、言ってくれたんです」

 二杯目のビールも飲み干して僕はホール係を呼んだ。謎はかえって深まった。母親もいわゆる『見える人』ってことか? あの時代錯誤的なメイクを施した母親が? いや、『先生』と一緒に暮らしてるんじゃないのか? 僕はまた片手を挙げ、つづきを話そうとしてる篠崎カミラを遮った。

「よくわからないんだけど、君のお母さんも『見える人』なのか? でも、君には『先生』ってのもいるよな? 昨日、僕としゃべった人だよ。そっちは『先生』なわけだから、当然そういうお人なわけだろ? ってなると君も含めて三人いるってことになる。ちょっと多すぎやしないか主婦手潤手霜? いや、まあ、別にたくさんいたっていいけど、ちょっと複雑に思えるな」
 篠崎カミラは椅子に背中をあてるようにした。顔には自然にみえる微笑が浮かんでいた。
「あっ、あの、そ、そ、その『先生』というのが、わ、私の、は、母なんです」
「はあ?」
 僕は大きな声を出していた。すぐに口を押さえ、辺りを見渡した。

「す、すみません。わ、私、も、申し上げて、な、なかったですよね。じ、じ、実は、わ、私、た、たまに、は、母の手伝いを、す、す、することがあって、そ、そのときには『先生』と、よ、よ、呼ぶように、し、してるんです。さ、昨夜は、あ、ああいう、お、お話だったので、つ、つい『先生』と、い、言って、し、しまいましたが、そ、そ、それは、は、母のことなんです」
 僕はまたもや手を挙げることになった。
「手伝いってのは、その、なんだ、霊視みたいなことか?」
 そう言ってから僕は思い出した。

「ああ、喫茶店で会ったときはその帰りとかだったのか。だから、あのときも『先生』って呼んでたってこと?」
 篠崎カミラはうなずいた。ホール係が料理を持ってきた。〈ラム肉のグリル バルサミコソース〉というやつだ。
「は、はい。そ、そうです。わ、私は、ま、まだ力が、き、き、きちんと、そ、そなわって、い、いないんですけど、た、たまに、て、手伝いを、た、頼まれることが、あ、あ、あるんです」  


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2018年09月07日

思ったよりも歩き

ポッカリと穴があいたような状態で、それは口を開いていて…

「あれは なんだ?」

裕太は思わず、立ち止まった。

そこは…道から少し外れた場所で、草木の生い茂った、

藪の中のように見えた。

裕太は自転車を止めて、呼吸を整え・・・危なく通り過ぎ

そうになったことを…少し反省した。

何しろ急な下り坂で、勢いよくスーイと進むので、

つい調子に乗って、飛ばし過ぎたのだ。

よく考えれば、ブレーキをかけていなかったから、

危険な行為だったのだ。

もしかしたら、人にぶつかっていたかもしれないし、

(幸い、誰もいなかったが…)

自転車がひっくり返ったかもしれず、非常に危なかった。

だけど、そのおかげで、苦も無くここへたどり着いたのだから、

これで良しとしよう…裕太はひそかにそう思う。



一旦自転車から降りて、慎重に草むらに入って行く。

ヤブに分け入っていくと…思ったよりも歩きやすくなっている。

おそらくは、人の出入りがあったのだろう。

草が固く踏み固められていた。

それはどういうことなのか、と裕太は考えながら、自転車を

押して歩いていた。

なんとか少しでも、その洞窟に近付こうとおもったのだ。  


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2018年08月10日

経験をする前に

金輪際ダンスなどするものかと誓った高校一年生。あれから六年。盆踊りくらいしか覚えられない私が趣味でダンスをするなんて・・・・!


所詮気まぐれな私である。何かをやりたくなったら熱の冷めぬうちにやるというのが最近の私の生き方になりつつある。今まではやりたいなーと思いつつも時間がないから枕頭推介と理由をつけて結局やらずじまいということが多かった。やっておけばよかったという悔いは一生モノだ。

気づけば私は二十一歳。もうそろそろこの手の経験をする前に防がなければならない。なぜならアイドルでいうと卒業まであと五年いけるかいけないあたりだからだ。アイドルというのは女の子の旬の物差し、または女の子卒業の基準じゃないかなあと思う。私は今、女の子卒業までのタイムリミットを感じている。

だったら女の子であるうちに、やりたいと思ったことやっておこうじゃないか!よっしゃあ!

お絵かき、ゲーム、読書、コントラバスを弾く、創作、エッセイ執筆・・・何かに挑戦しては必ずと言っていいほど満足感と充実感が得られた。ひょっとしたら私、才能あるかも?なーんて自信もオマケがついてきたりする。さらに勢いもついてくる。挑戦をする毎に赤ちゃんのハイハイ程度だっper face價錢たスピードは自転車程度まで加速し、今まさにこの勢いを心地よく感じている。そんな私が次なる挑戦を試みるものは・・・ダンスだ。

 アイドルマスターシンデレラガールズスターライトステージ、通称デレステ。若者を中心に人気のリズムゲームアプリなのだが、個人的に好きな楽曲が多く、ミュージックビデオ(MV)をよく視聴している。そのMVは架空の可愛いアイドルキャラクターたちが3Ⅾアニメーションで踊ってくれる贅沢なものだ。とりわけ好きなミュージックビデオは「パステルピンクな恋」「モーレツ!世直しギルティ」「Tulip」「Yes!PartyTime!!」。

可愛くて輝いている彼女たちを見て私は思った、「私も踊れば今よりもっと可愛くなるかもしれない・・・!」と。思い立ったが吉日。そうだ、ダンスしよう!

 ダンスはその、手足、首、腰の動く様もだが、顔の動く様、つまりは表情もとても重要だ。運動とは自分に磨きをかけるためにするものであり、ダンスは全身を磨くのにうってつけの運動のように思う。なんというか、ちゃっかりしてるなあ。

私はまず「パステルピンクな恋」のダンスの練習を始めた。スマホでMVを再生し、それを見ながら踊る。何度もMVを見ていたからか結構踊れて楽しい。そして自分が一生懸命Hifu 瘦面可愛い顔しようとしているのが分かる。

これを日々続けていたら、ほんとに可愛くなるんじゃないかしら・・・。ただね、踊っているとき飼い犬に見られるだけでもちょっと恥ずかしく思うんだよね。そんな気持ちになるあたり、まだ若い証拠かなと。おばさんは周囲の目も気にせずダンスダイエットDVD見ながら踊っているイメージあるからね。  


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2018年08月10日

物語は教えてく

イソップ寓話に「樫の木と葦」という話がある。

太い「樫の木」に比べ、細い「葦」はいかにも弱そう。

しかし大風が吹いた時、倒れなかったのは葦の方だった。

樫の木は頑丈さを過信して、まともに風を受け、根こそぎに。

葦は懸命に体を曲げながら、風に耐え抜いた。



努力や信念だけではどうしようもない困難に直面した時、

がむしゃらに“勝とう”とするより、粘り強く“負けない”こと。

その生き方の大切さを、物語は教えてくれる。



順風満帆なだけの人生はありえない。

不慮の事故、思いもしなかった病気、自然の猛威……。



あまりに大きな苦悩に、打ちのめされることもあるかもしれない。



その時、不安や心配事を、一人で抱え込む必要はない。

決して孤独になってはならない。



友との語らいは、喜びを倍にし、悲しみを半分にする」と西洋の格言にある。

生命と生命は“感応”し合うもの。

元気な人と会えば元気になるし、勇気の人と動けば勇気が湧き上がる。



池田先生は語っている。



「人は誰もが勝利者になるために生まれてきた」

「負けないことが、勝つことだ」。何があっても前へ、どこまでも前へ!

 私たちには、一切を“幸福の糧”に転じる哲学がある。

同志がいる。無限の力を引き出す、師弟がある。  


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2018年07月13日

重い悩みまで色

というお寺の僧侶が人生相談を受けるサイトがある。答えるのは仏教僧であれば宗派を問わない。質問は仏教徒でなくても特に問われない。僕は仏教徒であるので日に数回訪れて見ています。


質問は、そんなことで悩むのか? というものから家庭理財、重い悩みまで色々ある。心霊の事とか、ブッダは答えなかったのに、そんなことお構いなしに質問がある。基本的に仏教の基本ラインを抑えながら僧侶は答えていっているのが回答から窺える。


僕がよく見る理由は、「ほう」と感心する回答が割とあるため。ちょっと甘いんじゃないかと思うこともあり、また辛口の回答もあったりと色々。


気になるのが、宗派の思考の制限があるのがなんとも。念仏を唱えなさいで済ます系の僧侶はそういないが、そんな系統のとか。


回答者が僧侶限定で、その回答者が少なくて質問に追いついてないらしい。まあ、色々回答を考えたり、書き込んだりで手が回らないのは分かる。99.9%は回答されるらしいが網上新鮮事快訊。僕も質問によっては回答したくなるが、面倒くさくて投げ出したくなる質問とか丁寧に答えているのを見ると凄いと思う。


でもね、精神病の質問とか医者が答えた方がいいと思うの。どうみても素人の回答してたし。
  


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2018年07月13日

素なのか指令な

「ほら、これ」

ようやく手渡された地図・・・

「ありがとう」

「ねぇ、そんなので・・・何をしようって言うの?」

母さんは疑わしそうに、裕太を見た。

せめて母さんだけでも、どうにかしたい。。。

わざと、のらりくらり、交わしているのは、素なのか指令なのか?

「怪しい」

母さんの目がキラリと光る。

この人に目をつけられたら、本人が真実を告げるまで、

追及の手はゆるめないのだ。

裕太は、内心焦るが、あえて冷静な声を出すと・・・

「なにが?」と聞く。

「何か企んでいるんでしょ。颯太くんと2人で」

あんたが、こんなこと、思いつくわけがない・・・

とことん、裕太のことを知り抜いている発言だ。

寝ぼけまなこの裕太も、さぁっと背筋に、冷たいものが、

流れて・・・一瞬、顔がこわばるのを感じたが、

なんとか体制を立て直し

「なに言ってんだよ~夏休みだから、会いに来てくれるに

決まってんじゃないか」

わざと元気よく笑って見せたら。  


Posted by mikii123  at 15:39Comments(0)

2018年06月14日

雲り空から雨粒

先日「美美の環」芸術祭で共演させていただいたTerako先生&みつ先生が

この日曜日、呉でミュージックフェスティバルを開催されました。

で、リディア美江先生と一緒に応援にかけつけたんです♪

ステージは50組以上もの出演者による熱気あふれる舞台でした!

Terako先生は舞台進行兼ピアノ HK Apartment伴奏で、みつ先生は音響で大活躍。

コンサートイベントの責任者として大変なのは、円滑な舞台進行をこころがけながら、

出演者の精神面と演奏環境面で細やかにフォローしていかなくてはならないこと。

それはこうして言葉にするほど生易しいことではなく、常に気を張ってなきゃいけない。

自己を律し、ステージと客席に目を光らせては瞬時に判断して動き、舞台に貢献する。

美しいお姿だなぁと感じました。

先生方、どうぞお疲れが出ませぬよう。


ところでエムミュージックさんには統一派位、ものすごい必殺技があります。

それは天気予報を覆してしまうとこ!

ちなみに、ゴールデンウィーク中に開催されたフラワーフェスティバル野外公演では

雨予報だったにもかかわらず、このお天気!



空に魔法をかけたみたいですよね♪

アブラカタブラ〜☆

ところが、このたびのお天気に関してはハナから絶望的でした。

なにしろ1週間前から連日のように耳に入ってくるのは、暗雲垂れ込めた予報ばかり。

南の海上に位置する熱帯低気圧が、日本列島を覆う梅雨前線を刺激して

日曜日は猛烈な雨と風で荒れたお天気になるでしょう!

う〜む、梅雨前線と熱帯性低気圧にタッグを組まれては、

さすがのエムミュージックさんも万事休すか!?


会場が海辺のポートピアとくれば花灑、海風や高潮も気になるところ。

当日朝、濡れることを前提とした装いに身を包み、車に雨傘を積み込んだ僕らは、

曇天の下、一路呉を目指して海岸線をドライブ。

ところが、なんということでしょう!

現地に到着する頃には、雲り空から雨粒どころか薄明かりが洩れ始め、

ランチタイムともなると陽が射してきたではありませんか!!!

あるんですねぇ、こんなことって!


興奮気味にそのことをTerako先生にお伝えしたところ、

「うちのスタジオは、先代が晴れ男でしたからねぇ。フフフ♪」

大らかで朗らかなお答え。


客席で周りを見渡せば、雨傘を持って舞台鑑賞してるのは僕らふたりだけ。

さすが皆さん、わかってらっしゃる!

エムミュージックの公演は、雨と無縁だと。


気は心。

天気も心。


こうして出番のなかった雨傘と共に、楽の音を車いっぱいに詰め込んで、

その日僕らは帰路に着いたのでした。  


Posted by mikii123  at 15:17Comments(0)

2018年06月14日

一杯だったので

先日、NHK-Eテレ日曜美術館で染色家の柚木沙弥郎(ゆのき・さみろう)さんの特集があり、展覧会開催中とのことだったので、見に行ってきました。

場所は、駒場東大前駅から徒歩7分ほどのところにある日本民藝館。近所には日本近代文学館もあります。(文学館のほうは行ったことがあるのですが、カフェで食べたローストビーフ丼がおいしかったです。)

この番組が放送されたせいでとても賑わっていました。平日でも人が一杯だったので、土日はさらに混むかもしれません。


館内は、写真撮影不可ということで、作品をご紹介できないのが残念ですが、とてもよかったです。特に大きな布をたくさん飾ってある大展示室は圧巻です。


未だに毎日作品を作り続けていらっしゃる御年95歳の柚木さん。

「よろこびがなくちゃうまれない」

という言葉が心に残ります。  


Posted by mikii123  at 13:06Comments(0)

2018年04月24日

連日のお天気で

週末、珍しくイレギュラーも無く、順調に運んでほぼ残業なしで帰れた。いや、すれば仕事はあるのだが、週末くらいは早く帰りたかったし、帰っても何とかなりそうだったので帰る事にした。
昨日は日曜日、そして今日はキヨちゃんのデイで連休を貰っていたのだが、何ともバタバタした二日間だった。
実は昨日はキヨちゃんは「茶畑」の草取りをして欲しかったのだが、リュウのシャンプーの予約を入れていたり、別件で用事があったので無理だったのだ。
「ほんなら送ってくれたら母ちゃん一人でぼつぼつするannie g chan。終わったら親戚で待つけん、迎えに来て。」
キヨちゃんがそう言うので、とりあえずもう片づけたい毛布類なんかを何度か洗濯したり、布団を干したりしてから、キヨちゃんを送り届けて、リュウを送りついでに買い物に行った。
とは言え、時間が無いので隣町へはいけない。しかし近くは日曜で休み。そして近所にあったコンビニは閉店。仕方ないので、車で15分くらいの店で買い物した。
キヨちゃんの事を親戚に頼もうと思っていたが、朝は連絡が付かなかった。すると着信を観て私の買い物中に電話。
「母さんがそこに来たら電話ちょうだい。迎えに行くけん。」
と言ったのだが、気にしてくれて結局姉ちゃんは畑に出向き、しかも畑仕事を手伝ってくれたらしい。・・・娘よりキヨちゃんの役に立ってる(汗)。
電話があって迎えに行って割痔瘡手術、あれこれ片づけていたら、
「母ちゃん焼酎が無い。」
と言う。なので、もう一度買い物に。
夜はすき焼きにしたので、食べるまでは皆テンションが上がっていたのだが、食べてみてびっくり。あの、冷蔵庫が正常に働かない騒動の間に、どうやら解凍再冷凍をしたようで、いいお肉なのにシッパシパになっていた。あああああああ・・・・・。泣けてくる。
そうこうしていると甥っ子から電話。
「姉ちゃんサバいる?」
甥っ子は釣りに行っていたらしい。帰りにサバを沢山くれたのだが、本人いわく、
「イワシみたいなサバでよ。」
なるほど、サイズはカタクチイワシである。
「小さいのは2枚下ろしで南蛮漬けとかにいいよ。ちょっと大きめのは3枚におろしてフライとか。」
断わっておくが、本当にイワシサイズである。これを下ろす腕は私には無い。
とりあえず、頭と内臓を処理したのだが、数が結構あってなかなか時間がかかった。大きさ別に分けて冷凍。
そして今日、キヨちゃんをデイに送り出してから佐敦通渠、互助会の用事であちこちした。昨日もらったサバを味噌炊きにしたかったので、家に無かった生姜、そしてキヨちゃんがお墓参りをしたいと言っていたので花を買いに走った。
家についてキヨちゃんが戻るまでに圧力鍋で・・・と、すべての調味料を順に投入していたが、肝心の味噌になってケースが空と気付く。確か味噌は買い置きがあるので買うな・・・と言われていたのだが、探しても無い。
そこでデイに電話して確認。
「いつもお母さんが座っている後ろに、四角い入れ物・・・ってジェスチャーでしてます。」
とスタッフ。
しかし、探しても無い。仕方ないので、キヨちゃんが戻ってから探したが、結局見つからなかった。大体、キヨちゃんがそうだと思っていた入れ物は空だし、しかも丸いし・・・。
そこで困った時の大所帯の親戚。案の定買い置きがあったのでひとつ分けてもらった。
圧力鍋の火を止めて、おしたしの下準備が出来た時点で墓参りに。連日のお天気で、水はすっかり無くなり、ハナシバや花はドライフラワーになっていた。元気なのは草ばかり。
戻って圧力鍋を開けて味を観る。レシピ通りで骨まで食べられる味噌煮になったが、
「辛過ぎる。」
とキヨちゃん。ちょっと辛いな・・・とは思った。砂糖が上手く入らなかったようだ。で、薄めて味を付けなおしたが、くりりんから
「ちょっと水臭い。」
と言われる。やはり軌道修正は無理だったか。次回頑張ろう。
さて、明日からまた月末に向けて・・・なのだが、明日はお天気が荒れるらしい。訪問先に迷惑にならないように、タオル持参しなきゃ。濡れたら困るなあ・・・。
  


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2018年04月24日

意外なことに

簡単にではあるが、この3人組の功績を振り返ってみよう。

オカマとヤクザとコメディアン。
はたまたハードロッカーと演歌歌手とフォークシンガー。
ビジュアルも音楽性もバラバラなのだけれども、意外なことに活動休止期間はゼロ。
1983年発売の「メリーアン」以来、リリースする全シングルは必ずオリコンチャート入りを果たす。
近年はアルバムの発売間隔が空くようになったが、毎年コンスタントに楽曲をリリースしている。

スタジオワークに負けじと、ライブツアーも精力的にこなしている。
毎年の春ツアーと秋ツアーを欠かさず日本全国を回り、通算ライブ回数は2,500回を超えた。
国内すべてのドームでライブイベント(こけら落とし公演が多い)を開催。
武道館ライブは日本人最多の90回を数える。(歴代一位はクラプトン先生の91回)
日本初の10万人動員ライブコンサートを敢行する。(1986年「TOKYO BAY AREA」ライブ)
2DAYSコンサートのセットリストが、半分以上入れ替わることもザラだ。
#高見沢俊彦の思いつきから、その場でセトリが変更されたこともあったとかなかったとか (笑)

もちろん「レジェンド」と呼ばれる音楽グループは日本国内にたくさんある。
けれども上に挙げたすべてを網羅しているグループは、わたしが知る限りTHE ALFEEだけだ。
上積み期間10年を含む結成45周年を迎えて、今なお勤続年数(笑)を積み上げている。
そんな希有なロックバンドは世界レベルでも珍しいのではないかと思う。
#具体的な名前を書いてしまって恐縮だが、サザンファンの友人にはいつも羨ましがられる

「我が国が世界に誇る唯一無二のロックバンド」と呼ぶことをためらう理由が見当たらない。

そんなTHE ALFEEを知ったのは、わたしが高校1年生の頃。
わたしが初めてTHE ALFEEのライブに参加したのは2011年の武道館。
還暦を迎えた今も、昔と変わらない姿でステージに立ち続けてくれている。
歳を重ねて髪は薄くなったものの、彼らのパワフルさが衰える気配は微塵もない。
これって凄いことですよ、いやホント。

「いつでも俺たちはここ(ステージ)で待ってるからな!!」

そんな風に呼びかけてくれるアーティストって、他に居ないよね (笑)

ファンが「帰る場所」をいつも準備してくれるメンバーに、心からの感謝を。
あなた達がステージに立ち続けてくれたから、わたしもあなた達に会うことができました。
今後もわたしたちファンに、変わらぬ愛と夢を魅せ続けてくださいませ。  


Posted by mikii123  at 17:59Comments(0)